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魔法の貼

此處はパム商店維納本店。行商人の筈のアトロピン・パムの構へてゐる店也。路地裏に面したる門戸から入り來む仄かなる光が差し込むばかりの店内には、最う白熱燈に寄せた色の光放つ兩口が煌々と照りて箱棚に収められたる雜多なる如何物を仄赤く染めたり。扨、何の用有りて乎、來客に因りて「空轉」と鐘が鳴りて戸が開けられつ。客は若い男也。店の中にては主たるパムが小柄なる身に合せたるが如き小さき番臺に坐りて待ちつつありたり。
「御出でやす。善うこそパム商店に。檀那はん、本日の御用は何でございませう。此のパムめが檀那はんの御望みに力添へ致しますえ」
パムは笑顏にて然う言へば、兩手を股に置き肩を縮めて己れを幼氣に見せたり。當節、店商ひは客に努めて關はらざるを以て入り易く居易くするが常なれども、パムは「己れ程の眞愛しい女は寧ろ善く關はつて行く方が客は喜び、遂には好い場と成也」と心得て居たり。此の女狐
「あ、あの、實は……或作品……漫畫の筋が氣に入らんので變へる道具が欲しいんですが!」
「はい」
「あ、有ります乎」
柔やかに言ふ乎パムは番臺の下に顏を突つ込みて詰詰に物が詰まりたる足下の箱から何乎を搜し始む。其れに就けても他人の作つた物語が氣に食はぬとて、其處を變へたしとは何たる怠慢乎
(然う。内は愚者に蜜を賣る死の商人。賢者の毒は藥事法違反どす)
軈てパムは番臺の下から頭を上げつ。其の手には手頃なる紙束が握られてゐたり
「爲て、檀那はんの變へたい漫畫と言ふのは何の樣な物で」
「こ、此れです」と鞄から一册の雜誌を取り出だしつ。
「此れの此處が氣に入らん箇所です」
男が番臺に擴げた册子を覗き込みつつ、紙束の重なりを捲り易けくと解して之く。
「見て下さい此の男、此れが主人公で向かひ合つてゐるのが話の中盤から出て來た主人公の戀人の戀敵なんですよ」
「え、ええ、然うなんです。戀人の方と主人公とは晩稻で、八卷懸けて漸く先日言葉には出さずとも手を握つた許りと言ふのに、此のぽつと出の女の方が家庭の不幸で氣を引いて來たら情無い事に主人公が流されて附合ふ事に肯いて仕舞つたんです」
「八卷……其れあ中々待たされはりました喃ア。御怒りも一入でございませう」
パムは男に合はせながら紙束を更む
「其處に此れですよ」
然う言ふ乎パムは束より一枚取り出だす
「こ、此れは!」

「軟弱主人公の齎し勝ちな誰も得せん結末を幸せな大團圓に變へる魔法の貼でございます。此れを作品の程好え所に貼れば」

「おお!此れこそが私の求めてゐた物です」
本眞乎
「此れさへ存らば何んな作者の品も怖く非し!今なら十枚の所、一枚負けまして十一枚參仟志(三萬圓)に致します」
「頂かう!」
男は喜び急いたる手附きにて懷から財布を取り出だしたり
「此方こそ」
男が撥ねるが如き足取りにて去りつるをパムは笑顏の儘見送りたり





卷末
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