首頁に戻る

齒車街戰史(はぐるままちのしるし )

第一話

荒谷章子話は聞かせて貰つた。日本は再興する」

田岡道子「何よ藪から棒に。確かに永野元帥閣下も「戰はずの亡國ならば實の亡國なれども戰ひての亡國ならば我等の子孫は必ずや再起三起せむ(大意)」と仰つたさうだけど……」

荒谷章子「皇國の興廃の分れ目は唯一つ。殖產興業富國强兵だ」

荒谷章子「……」

天神橋良子「……」

六條純子「……」

名雪春子「……」

田岡道子「……で?」

荒谷章子「今回榮え有る我が帝國は二五六〇年(明治三十三年)に立ち歸り、欧米に比して遲れ勝ちであつた重工業、就中(なかんづく )自動車產業分野を一大發展させ帝國の運命に立ち向かつて之く」

名雪春子(今回は……)

田岡道子「然うぢや( )くて!、今後日本を何うする乎の話ぢや非いの?。只でさへ失はれた二十年が三十年に爲つて四十年は確實とか言はれてゐるんでせう!」

天神橋良子「其れは商工省の管轄違ふのン」

田岡道子「自動車產業興すのも商工省の仕事でせう!」

六條純子「中島知久平元海軍大尉が下野されて興された中島飛行機みたいな者乎知ら」

荒谷章子「先ア其んな所だ」

田岡道子「大切なのは今で解決すべき事は將來の事よ」

天神橋良子「なアに、内等元々電子遊戲の自作武將やし、現代に生きてゐるとも戰中に生きてゐるとも著かんあやふやな者や。此處は一つ成り切つて往かう。温故知新とも言ふし喃。遊び乍ら歴史の時の道を行く旅と言へぬ事も無い」

田岡道子「ぐぬ……解つたはよ」

名雪春子(手持の金が何程(なんぼ )有つても精神が有らなんだら失ふのは一瞬て昭和六十年代に思ひ知ると思ふけど)

六條純子(其れは一國政府でも自在に制馭し得る者では非いは( )。一人軍人のみでは言ふも更也)

名雪春子(心を讀まれた!?乎?乎?乎)


第二話

荒谷章子

「よし みんな きけ。此の地圖の上の赤い點が工場及び支店を建て得る所だ。此の中から一つ選ぶと其處を本店として本作戰が開始される」

六條純子

「意外と多うございますは( )。其れで、殖產興業と言ふからには日本國内になさいますの?」

荒谷章子

「然うだ。向後絶對の支障が無い限り國外に工場は建てない」

天神橋良子

(東京は嫌や東京は嫌や……せや!)「やつぱり此處は大阪乎喃(かな )。其れとも逆に開發が遲れてゐる臺北や北海道やに建てて國土の釣り合ひを取り(なが )ら進める方が好え乎。史實では三條樣曰く「若し列強の侵掠に據り京都堺を失陷すれども江戸さへ失はねば辛うじて我國は滅亡を免れむ」と緊迫した情勢の中で東京一極集中の苦しい決斷を爲はつたんやつた喃、弊害有りと雖も。ほな其の逆が良え乎も判らぬ」

有能眼鏡

(善し)

荒谷章子

「否、此處は京都を本據地と爲る。合理的な理由は無いが拘泥(こだ )はりなので喃」

有能眼鏡

(惡し)

天神橋良子

「然うなんや」(京なら善え歟)

名雪春子

「因みに此方が主立つた都市の樣子となつてまアす」

六條純子

「英米と比べて隨分な格差がございますはね」

田岡道子

「年収約百(どる )乎……。此の時代の自家用車つて幾等位( )るの乎知ら」

名雪春子

「御手頃價格で一千弗程やで」

田岡道子

「は?ぢやあ令和ならまともな八人家族向け新築一戸建てを買ふ位の負擔ぢや非い。其んなんで本當に國内で自動車賣れるの?」

荒谷章子

「否、此の所得と言ふのは恐らく生活費等諸諸(もろもろ )差し引かれた後に好きに使へる可處分所得の事だらう。其れに通商産業規模の擴大は日進月步だ。昭和十年臺には格安自家用車になら少しは纏まつた買ひ手が現れ始める乎喃。始めるぞ」

「社名は然うだ喃……「帝國發動機有限會社」。社章は我國では飛躍の象徵として喜ばれ、善く紋樣の意匠に用いられる兎にしよう。此れから(あが )る我國に相應しい」

六條純子

「自動車會社の規模で有限會社なの?」

田岡道子

「川崎造船も個人經營から株式會社に切り換へるのに長かつたし其んな者ぢや非いの?」

荒谷章子

「此處が社長室乎喃」

田岡道子

「偉く近代風ね」

天神橋良子

「我社の設立が報道されとるで」

名雪春子

(日曜日に同じ樣な事故が二つ發生しとるのが氣に爲る)

荒谷章子

「親切な副官……では非く、誰乎が置いて呉れた書附(かきつけMEMO RANDUM)に依ると……白耳義(ベルギー )陸海軍が競爭入札で何乎を調達して居る樣だ喃。では早速「民閒企業」らしく營業を懸けて( )よう。純、其處の電話の所から世界中の(つの )りを表示して呉れ」

六條純子「はい社長殿」

荒谷章子「む、陸軍は何うやら自動貨車を求めて居る樣だな」

六條純子「先ア軍隊ですし( )

名雪春子「因みに海軍は何う爲つてゐるん?」

田岡道子「海軍が求めてゐるのは小型艇用の發動機。自動車以外も發註が在る( )

天神橋良子「お、おい、陸軍の二つ目……何や燃料の種類「」て。眞乎(まさか )水からガソリン採れるん乎」

田岡道子然樣(そん )な訣無いはよ!」

名雪春子「其の「眞乎」が存るんやで。此の世界には」

田岡道子「え?」

天神橋良子「ふふ」

田岡道子「く……」

荒谷章子「否、無い。此れは蒸氣機関を指し示してゐる」

田岡道子「貴方等喃エ……」

六條純子

「蒸氣自動車なんて在りますの?」

天神橋良子(うち )見た事あるで。ポツポSLやらう」

田岡道子「漫畫ぢや非いのよ!」

天神橋良子「我國に於けるチキチキマシン猛レース佛蘭西(フランス )に於けるグレンダイザー見たいな物やで」

荒谷章子「何と言つても世界初の自動車は佛蘭西に於て發明された蒸氣自動車だ。キュニョーの砲車と言つて外ならぬ大砲を運ぶ物だぞ。砲兵出身」

六條純子

「あら恥かしい」

名雪春子マッハゴーゴーゴーの終はりの唄で出て來た物やらう。内知つとる」

田岡道子「此れも漫畫ぢや非い!」

荒谷章子何方(どちら )の作品も一通り見て置くと此れから此處で見る物の豫習に成るから打つて附けだぞ。チキチキマシン猛レースも目茶苦茶な樣で自動車の樣式は時代物の典型を反映してゐる。本編も面白いから薦める」

田岡道子「ぐ、」

荒谷章子(さて )、作る物も決まつた事だし、(むろROOM)から出て研究部に行くぞ」

天神橋良子

「次回に續く」


第三話

荒谷章子「此處だ」

六條純子「結構狹いんですの喃」

天神橋良子「街中の整備工場言ふ風情や喃」

荒谷章子「此處では自動車及び其の部品の設計、他社との設計使用權(LICENCE)貸借契約。研究部への開發命令外の自由裁量硏究の豫算額の設定を爲る。」

田岡道子「現時點では何が作れるの?」

荒谷章子「何も」

田岡道子「え?」

名雪春子「此方去年の我國の乘り物と爲つて居りまアす」

六條純子「見事に自動車だけ存りませんは喃」

天神橋良子「あ、右に描かれてゐる「機械ポンプ」言ふのが(さツき )言うてた蒸氣自動車乎イ喃(かいな )

荒谷章子「何うだらう喃。其れに爲ては操縱部が見當たらんが……車輪を著けた給排水喞筒(そくとうPOMP)乎も知らぬ」

田岡道子「……欧米で自動車が世に出て來たのは何時(いつ )?」

名雪春子「發明なら百四十年程前、民閒の乘合自動車が七八十年程前、ガソリンを使ふ内燃機關車が十年と少し程前や喃」

田岡道子「遲れ過ぎでせう!?何で輸入品も無いのよ。鐵道は存るのに」

天神橋良子「道が無いから違ふ乎」

田岡道子「何で道が無いのよ!」

天神橋良子「文明國と認められんが爲に喃、東京だけでも恰好著ける爲の喃、其の煉瓦すら米國から輸入したり爲る有樣で喃、最う帝國の豫算は渇渇(カツカツ )や。鐵道も實質半官半民やし喃」

田岡道子「欧米も條件は同じでせう!本場の英吉利(イギリス )も山勝ちな島國だし、特に亞米利加(アメリカ )なんか國土が廣いからずつと御金が掛かりさうな者ぢや非い」

名雪春子「切り口は色々存るけど強いて言へば内等には馬車の文化に乏しかつたから」

田岡道子「え?」

名雪春子「馬車利用の文化に乏しいさかいに道幅也交通規則也、其れ故の(さはり )が無い。障が無いさかいに(とひPROBLEM)(おほせSUBJECT)も無い。問も課も無いさかいに(ときSOLUTION)が無い。異國で少しづつ積重ねて來た數百年懸りの成果を短期閒の巨額投資で追附かせるの無茶やで。國民が今迄其れで滿足して來た者。ほんで今になつて道も無ければ客も無い」

田岡道子「にぎぎ……けど鐵道の輸送力には直ぐ注目したのに何故もつと安さうな輸送力に力を( )れなかつたのよ。内は「豫算渇渇」で貧しいんでせう?」

天神橋良子「逆やで、我國は道の上に車輪を轉がす方が何乎と懸かるんや」

田岡道子「え?」

天神橋良子「地は柔らかく氣候は湿潤で雨が降ると中々乾かぬさかいに道の方が車輪に得う耐へん。馬車は愚か大八車でさへ制限が存つたさかい喃。御負けに坂は険しいと來とる。道整へう思うたら國中掘り返して石敷き詰めな往かぬ。其んだけしても舟の方が速いし儲けの出る内陸の大都市と言へば京都とか限られた所だけ。鐵道を( )くなら此の問は大概得う無視するのや。何う爲(どうせ )舖かねあ往かぬし喃。詮まる所、歩兵が一番や」

田岡道子「むぐ、」

荒谷章子「禍福は(あざな )へる繩の如し。氣に爲る( )、我國も長いんだ。時には其樣(そん )な事も存らう。後、一番は戰車だぞ」

田岡道子「解つたは。其れで一から始めるとして、何う爲るの?外國企業から使用權を借つて作りながら(たくみENGINEER)を育てて行く行くは、と言ふ所乎知ら」

荒谷章子「否、今回は部品開發から組立設計迄全て自社で行ふ。純國產だ」

田岡道子「ええ!?」

天神橋良子「お♪好えがな好えがな。其の意氣や」

名雪春子「輸入販賣、外資の現地法人、組立請負、賃貸生產、國産車設計、部品製造、全部飛ばすん乎……」

荒谷章子「期限は來年の七月。大和魂を奮ひ立たせよ」

天神橋良子「ひひ、外國の下請なんぞ卦體糞(けつたくそ )惡い。やつぱり軍人は斯うで非いと喃」

田岡道子(先刻、文明と文化とが如何(どう )のと言つてゐたのは何だつたの乎知ら)

荒谷章子「で、先づは自動車を構成する各部の設計開發から行ふ。夫々「骨組(ほねぐみCHASSIS)」「仕掛(しかけENGINE)」「具函(えものばこGEAR BOX)」だ」

六條純子「仕掛……?」

荒谷章子「英華和譯字典から採つた」

天神橋良子「ほんなら工兵(こうへいENGINEER)は別にて言ふと必殺仕掛人と言ふ事乎」

田岡道子「必殺は何處から來たのよ」

荒谷章子「ロングマン英英辭典に依るとエンジンは遡ればラテン語のインゲニウム(INGENIUM)から來ておるとの事。其のインゲニウムは「天賦の才」「賢さ」「絡繰」を意味していると言ふ。我々も巧みに作り上げられた仕掛けを見ると感心して(つひ )「賢い!」と( )めて仕舞ふから氣持ちは解る」

六條純子「IT土方の方々も今日も今日とて「メモ帳」開いて仕掛を作つて居られますは喃」

荒谷章子「漢語では車體部、機關部、變速機だつた乎」

名雪春子「具と書いてえものと言ふのは?」

荒谷章子「其の儘そなへと訓ぶのも良かつたが、ギヤの使はれ方を見ると得物の方がしつくり來る」

六條純子「あらまあ」

荒谷章子「……來ぬ事も存る」

天神橋良子「何やねん」

荒谷章子「飜譯である上は完全一致は望む可くも無い。其の邊は其の都度腦を働かせれば良い。飜譯にも種類があつて「目の前の現物を見て場當りに譯す」のと「向うの言葉の其の歴史體系や廣い用例やを見て此方の言葉から最も近いのを當てる」のとが存る。前者なら齒車だな。然し、ランディングギアは著陸の爲の裝具で齒車では非いし、キャンピングギヤは旅の道具だし、レインギヤは雨具だ」

天神橋良子「ガイアギアは?」

田岡道子「政爭の具でせう」

天神橋良子「え♪道、見た事存るん乎♪」

田岡道子「無、い、は、よ。如何とでも言へる事を言つた迄よ」

天神橋良子「く、惡い女に成りをつて」


第四話

荒谷章子「日を置いてゐる閒に作品の版が代はつたので始めから仕直しだ」

天神橋良子「今の版は一.二五.0.一一ノ其場手當(そのばてあてHOT FIX)ノ九になつたで」

名雪春子「なんちう版の附け方や……」

田岡道子「所で、仕直しになつた事で白耳義陸軍からの募りが無くなつたけど……」

天神橋良子「うおおおおアメちやん目ッ茶發註するがな!桁違ひや喃」

荒谷章子「亞米利加は單價は低いが發註數は多い傾向が存る。落札シ得(とれ )れば大儲けの者が多い。發註側は総額が安く濟んで得。受註側は大口の依頼で得。と言ふ(わけ )だ」

六條純子「電氣と言ふのは其の儘電氣自動車の事ですの?」

荒谷章子「ああ」

天神橋良子「時代を先取り爲過ぎやらう。電氣自動車なんて最近に至つて( )つと出て來たのに」

荒谷章子「否、電氣自動車は此の頃にこそガソリン車と張り合つてゐた。大會で競走とかも爲てゐたし喃。然し電池の保ち等の性能面で競り負けて、向う百年檜舞臺(ひのきぶたい )から消えて仕舞ふんだ」

田岡道子「電動車が存るのは百年前でも變ぢや非いは。ベルヌの海底二萬(リーグ )には空想科學技術として海水から充電し得る樣に爲た電動潛水艦が出て來るし」

天神橋良子「ふうん。道も漫文とか讀むんや喃」

田岡道子「文句存るの」

天神橋良子「無し!」

荒谷章子「然し、入札日の限り(かぎりLIMIT)を考へると開發は嚴しい。ガソリン車は我が社の主力商品として一臺は開發して置きたいから此の英陸軍の方に入札するのを(伊陸軍のも兼ねて)優先したい。其れでも前回より大急ぎに爲りさうだが……」

天神橋良子「アメちやんの方には行けたら行くウ言ふ事で」

田岡道子「其れ……」

荒谷章子「扨、遲馳(おくればせ )乍ら車作りに取掛かるぞ。今回は先に言つた通り他社の製品を使はずに設計する爲先づ三つの部品の設計開發から行ふ。此れを見よ」

六條純子「骨組ですは喃」

荒谷章子「此れを何でも良いから決める。何う爲(どうせ )此れは作り直すんだ。此の仕掛(しかけENGINE)を乘せる(しろ)の大きさに注目」

六條純子「此れは……骨組の設計に因つて乘せられる仕掛に大きさの制限が有ると言ふ事ですは喃」

荒谷章子「然うだ。其して稚子(ややこ )しい事に仕掛の方の大きさ變へられる。だから後で仕掛の大きさに合はせて作り直すんだ

  • 載代(のせしろ )が大き過ぎると重くて遲くて値も高く附いて仕舞ふ
  • 小過ぎると折角作つた仕掛けが載せられず元も子も無い 
  • 載代と仕掛との大きさが打つて附けた樣だと他の車輛への部品の流用が難しい

と言つた所だ。然樣(そん )な訣で仕掛の方の設計に移るぞ。」

天神橋良子「成程……判らん。V八ヘバル言ふ漫畫が在つた樣な……後、マリオカートでアイルトンセナがV十六を使うてゐて……」

名雪春子「……コミックボンボンや其れは」

六條純子「ええと、「いすゞ傳統のV八エンジンが排瓦斯規制で直列六氣筒ターボに成つたけど力不足で……」」

田岡道子「誰乎の受け賣りでせう?」

六條純子「ええ」

荒谷章子「八とか十六とか言ふのは氣筒の數。(たに )型とか直列(すぐならべ )とか言ふのは氣筒の竝び方だ喃。右の圖の通りだ。其れで今回の募りには比較的安價な直列型で應へる。仕掛の設計の手續きだが、基本として大きく(爲つて仕舞ふ事を許容)すればより速く(大馬力)より勢ひ良い(大力矩)物に爲得る」

天神橋良子「獨逸人が發明♪」

名雪春子「亞米利加人が實用化」

六條純子「伊太利亞人が飾附け♪」

荒谷章子「本邦人が小型化……は必要無い。航空機開發競爭も發動機の大型化で負けたのだから喃。結局、最大性能の追求こそが勝利の鍵だ。我國の人は「此れを作れ」と示された物を上手く作れても、此れから創る可き物を考へる事に於いて劣るのだ」

田岡道子「……」

名雪春子永井荷風曰く「一大の流行、西洋を向かうるに當り(中略)予は、然程に自由を欲せざるに猶革命を唱へ、然程に幽玄の空想無きに頻りに泰西の音樂を説き、然程に知識の要求を感ぜざるに妄りに西洋哲學の新論を主張し、或いは亦然程に生命の活力無きに徒らに未來派の美術を向かうるが如き輕擧を恥づ」」

荒谷章子夏目漱石の三四郎にあつた「未だ富士山を見た事が無いでせう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれより外に自慢するものは何も無い。所が其の富士山は天然自然に昔からあつたものなんだから仕方が無い。我々が拵へたものぢやない」と言ふ者だ」

六條純子「詰まり葦津珍彦「少しくヒトラアの語る所を聞かう(中略)(紀元前の)ゲルマン民族が一氣に南方の有利な平野に移住し(中略)最初の技術的補助手段を獲てゐたならば(中略)文化創造力は彼のギリシヤ人に於けるが如く花々しく咲き誇つたことであらう」。「然し、日本人としての我々は、日本民族の祖先達が(一氣に黄河のもつと有利な平野に移住してゐたならば)日本民族の文化が(正に花々しく咲き誇つたであらう)などとは想像し得ない」と言ふ事乎知ら?」

田岡道子「ふん!其れで外人は然程に自由を欲して幽玄の空想を懷いて知識の要求を感じて生命の活力を持つた連中で、世界も未來も文化も創り出せる「一流民族」と言ふ事ね。上等ぢや非いの!相手が何だらうと内は内よ!思ふ所なんて何も無いは!」

天神橋良子(トゥンク……)「……好きやで、道」

田岡道子「氣持惡いは喃」

荒谷章子「次回に續く」


第五話

荒谷章子「先づ仕掛の最も小さいのと最も大きいのとを比べて嘗よう」

天神橋良子「前回言うた通りや喃。大きく爲れば爲る程出力が上がる」

荒谷章子「序で最大の設計から氣筒の(なでSTROKE)幅を少し短く爲る」

天神橋良子「ほえ?馬力が四十九から六十迄上がつた」

荒谷章子「何の仕掛も最大馬力を摸索するなら此手に限る。設定項目が多岐に亙る部品設計に於いて自分で(しるべ )を創るのにも最適だ。創らんと八甲田山張りに途方に暮れて仕舞ふから喃。其して、あ……」

名雪春子「何う爲たの?」

荒谷章子「設計作業中の畫面を撮り損ねてゐた。三部品全部……」

名雪春子「ええ」

荒谷章子「……えー、其して完成した物が此方に爲ります」

名雪春子「三分クッキング乎喃」

天神橋良子「成程……判らん」

荒谷章子「先ア、次回作以降解説して行く。追々(おひおひ )喃……」

田岡道子「ちよつと!何う爲つてゐるのよ!」

荒谷章子「!?」

天神橋良子「!?」

六條純子「!?」

田岡道子「一番大きく設計したのに英海軍の要求性能に全然足りないぢや非い!」

六條純子「排気量六萬CCとは豪氣ですは喃」

田岡道子「其れでも百三十五馬力が漸つとよ!七百馬力(なん )て何う爲れば良いの?」

荒谷章子「ああ、今の我々の技術力では何う足搔いても作れない要求も存る」

田岡道子「ぐぬぬ、列強を見返して遣らうと思つたのに……」

名雪春子「……」

荒谷章子「其の意氣や好だ。氣を取直して行かう。設計が一通り終れば後は果報を寢て待つのみだ」

天神橋良子「ポチッとな」

名雪春子「少女寢待中」

天神橋良子「其處は(せめ )て開發中とか違ふん乎イ!」

荒谷章子「因みに斯うして研究費が月々引き落とされてゐる内は技術力も上がつて行く」

天神橋良子「御飯炊けたでえ~」

名雪春子「わあい」

荒谷章子愈々(いよいよ )自動車の設計に取掛かる」

荒谷章子「此處では性能の微調整の外に外見も決める。此れが素體だ」

六條純子「……」

荒谷章子「此れを軍用にして品の有る色に爲る」

名雪春子「眞ッ黑?茶褐とかで非く?」

天神橋良子「今内等が來て居る樣な服は日露戰爭時の臨時服制からや。其れが後にも正式採用される樣に成る。其れ迄は陸軍も海軍と同じく常は紺夏は白やつてんけど喃」

鵬靈「呼びました乎」

名雪春子「未だやで」

荒谷章子「然うして彼アして斯うして……」

荒谷章子「斯んな者だ喃」

六條純子「ううん……最う一つさはりが無うございますは喃」

荒谷章子「然う乎?私としては隨分凝つたんだが喃。先ア軍用だから難が無いのが良からう。」

天神橋良子「天井もたつぷり有るさかい何んな長身の方でも大丈夫や喃」

荒谷章子「「大猿」と名附けう。後は再び待つだけだ。完成は……うん……? あ!」

天神橋良子「何?(また )撮り物失くしたん乎」

荒谷章子「閒に合はん……全力を擧げても英米への應募期日の閒に合はん」

六條純子二百万弗(にひやくまんどる )(なん )てとても拂へませんのに五ヶ月遅うございますは喃」

天神橋良子「其んなんサイヤ人が地球に來る時の界王樣でさへ一日超えやのに」

荒谷章子「落ち著け、將帥は狼狽(うろた )へては成らん。募りは未だ存る。ほら、部品開發中に墺太利(オーストリア )が新たに募り始めたぞ。此れなら閒に合ふ」

田岡道子「似た樣な要件の電動車と内燃機關車とを發註して何方が立ち行かなくなつても良い樣に爲てゐるのね。愼重と言ふ乎、餘裕が有ると言ふ乎」

名雪春子「なあ、伊太利亞(イタリア )の方、(ほぼ )同じ要件の依頼出して居るで」

六條純子「……」

天神橋良子「……」

名雪春子「……」

荒谷章子「……先ア、伊太利亞も幾つもの國々が合併したばかりの國だし喃。複雜な内部事情でもあるんだらう。良し、此の伊太利亞と墺太利との募りには閒に合ひさうだ。此れで行かう」

田岡道子「資金は足るの?(さッき )開發速度を上げると費用が激增する樣な事を言つてゐたけど……」

天神橋良子「其れあ……最う……軍票(ぐんぺういくさのてがた)で拂うたら良エがな」

田岡道子「今の私達は民閒企業でせう!軍票抔か出せないはよ!」

荒谷章子「然うだ、軍票だ」

田岡道子「え!?」

天神橋良子「え!?」

荒谷章子「私の見積ではギリギリだが大丈夫だ。社長室の金庫を開けて呉れ」

天神橋良子「此れや喃」

天神橋良子「お♪現金存るがな」

田岡道子「へえ、……好いは喃」

天神橋良子「お、何う爲たん?拳銃(なん )か見詰めて」

田岡道子「違ふはよ。(うるさ )いは喃」

荒谷章子「此處では金融を扱ふ。今回は社債(しゃさい )の發行と銀行(ぎんかう )からの融資とだ」

天神橋良子「銀行から金借るのは解るけど、社債?」

六條純子「社債は會社が發行して人から金と交換する券の事よ。勿論期日には利子附けて會社が交はし戾さないと行けないけど。民閒企業が出す「軍票」と言つた所乎知ら」

天神橋良子「成程、物資と違うて金を買ふ軍票言ふ事乎。解るで」

名雪春子娑婆(しゃば )堅氣(かたぎ )は軍票を基準に債券を理解は爲ぬ……」

荒谷章子「此處では銀行融資は月々利息を拂い乍ら少しづつ返して行くべき借金。社債は期日に耳揃へて全額返す借金と覺えて置くと良い」

天神橋良子「期日が來ても返せへん時は?」

名雪春子「此れやらう喃ア……」

六條純子「痒い所に手が屆きますは喃」

荒谷章子「手始めに社債三十万弗、發行、と」

天神橋良子「ちやりーん♪」

荒谷章子「更に銀行から目一杯十四万弗借入れ、都合四十四万弗調達したぞ」

名雪春子「英領印度銀行が日本に貸附……」

荒谷章子「其れでは來月迄待つて嘗よう」

田岡道子「うん?大猿が出來上がる迄の一年閒月々九萬弗弱掛かるなら百万弗近く掛かると思ふけど……」

荒谷章子「何、奧の手が有る」

田岡道子「本當かしら」

名雪春子「ほんで九ヶ月後の明治三十四年四月……」

田岡道子「ちよつと!やつぱり足りないぢや非い!」

名雪春子「御覺悟召されよ……」

荒谷章子「待て慌てる( )。此處に半年なら待たせられると書いて在らう」

天神橋良子「泣き落とし歟」

田岡道子「巨額の融資だから貸し手も破綻認定し辛くて泣いて貰つてゐるだけぢや非い!」

六條純子「借りが大き過ぎると寧ろ返さなくても良いと言ふ事乎知ら?」

名雪春子「黑帳簿入り確定や喃」

荒谷章子「半年後には車も完成してゐるし契約の如何(いかん )もはつきり爲てゐる頃だ。然うなれば金も這入つて來る」

田岡道子「本ッ當にギリギリ喃」

名雪春子「二ヶ月後…………」

天神橋良子「……内、胃がキリキリ痛んで來た。金を借るとか爲た事無い……。」

六條純子「金は借らねば文字通り元も子も在りませんはよ」

天神橋良子「然んなん言はれても自分で稼いだ分こそ眞面(まとも )な金やと思ふし喃。借る事自體後めたい……」

六條純子「庶民感覺ですは喃。借金してでも小作に作らせた米は賣れますし食べられますけど、金は自分で稼いだ物でも食べられませんはよ。金は飽迄(あくまで )人が物を作る爲の回物(まはりもの )ですは」

天神橋良子「うーん、せや喃……人が生產して何程(なんぼ )。金は其の爲の……うん?人が生產出來るなら金は要らんの乎、せや!」

名雪春子「其れは共產主義や」

天神橋良子「未だ何も言うてへんで」

荒谷章子「良し、完成したぞ。早速入札だ」

名雪春子「大分性能過剩や喃」

荒谷章子「ちよつと張り切り過ぎた歟。此の性能は競合他社を牛蒡拔きだらう。此の化物車を採らぬ理由が在らう乎、否無い」

田岡道子「大は小を兼ねる、と言つて良いの乎知ら」

名雪春子「要件は滿たしてゐても求めてゐる者とは違ふと乎言はれさう」

六條純子「腕時計を頼んだら腕卷き電算機持つて來られた樣な者(かも )

天神橋良子「結果は來月乎」

荒谷章子「……え?」

田岡道子「落ちた……の?二つ共」

天神橋良子「此れ、何うなるん?」

荒谷章子スウーー……

田岡道子「消えないでよ」

名雪春子「何やら邊りが暗う成つて來た喃ア……」

六條純子「來月が返濟期限……」

天神橋良子「ぐ、軍人たる者は最後迄粘り強く、諦めへん」

田岡道子「來る訣無いはよ!」

荒谷章子「無念」


第六話

荒谷章子

「……と言ふ事に成らぬ樣に資金繰には心を碎かざるべからず」

天神橋良子

「ああ、吃驚(びつくり )した。演習やつたん乎」

荒谷章子

「初月から手始めに社債七十万弗分と銀行から二十七万弗とを調達し、現金と合はせて百七十万弗から始める」

田岡道子

「あら、百万弗近くも借れるの!?以前は四十四万弗が目一杯だつたのに」

荒谷章子

「今回は未だ持金に手を著ける前だから喃。金を貸す方も資產の多い者にこそ多くの資金を貸して良いと言ふ訣だ」

天神橋良子

「金が金を呼ぶ喃ア……」


第七話

荒谷章子

「型番も上がつたし(二.0.0.0ノ眞納竝(まをさめなみRELEASE CANDIDATE)ノ二)、然うだ喃。序でに「信用共與」も受け取つて置く乎」

天神橋良子

「信用共與?再訣の解らん言葉が出て来たで」

荒谷章子

「代金を業者の立替(たてかへ )で支拂ふ事を信用販賣と言はう。此れは販賣ならぬ共與だから品物では非く現金を直ぐ樣貸し出す事だ」

名雪春子

「金で金を買ふ(後拂(あとばらひ ))」

天神橋良子

「は~最うわやや。手形も借用も立替も、結局は同じ借金やらう?何で斯ん樣(こんな )稚兒(ややこ )しいんや!」

荒谷章子

「さあ知らぬ」

名雪春子

「二回目の新會社設立」

六條純子

「前回と比べて妙に未來派の建築ですは喃

荒谷章子

「では前回と同じ所は省略して……と。ほい」

田岡道子

「何乎前と飾り附けが違ふは喃」

荒谷章子

「同じ物を作り直すには心が砕かれて仕舞つて喃。此れは出來合ひの物の色を變へただけだ。大猿二と名附けたぞ」

天神橋良子

「わかる」

田岡道子

「然う言へば以前に「開發期閒を縮めると費用が跳ね上がる」とか言つてゐたけど、今回は三箇月延ばして十五箇月取つて有るの喃」

天神橋良子

「へえ、其れで御値段は……二十萬!?前回の十分の一やがな!」

荒谷章子

「いや先ア、今回は各部品も前回に比べて低價格の設計にしてあるので喃。實際は三分の一から五分の一位だ」

六條純子

「工期が短かければ外注先にも特急料金で頼み勝ちですから乎知ら」

荒谷章子

「扨、開發は終はつたが、未だ隨分資金の餘裕が存る喃……よし!最う一つ開發せう」

名雪春子

「豫定の空白に得う耐へん戰車屋の鑑」

六條純子

「其れで勝てる筈の戰ひに負けて仕舞ふのですは喃」

荒谷章子

(やかま )しい。早速競走場に行くぞ」

天神橋良子

「競走場?F一でも爲るん乎」

荒谷章子

「然うだ。大賞(おほほまれGRAND PRIX)も在るぞ」

荒谷章子

「競技は主に發動機の排気量が一萬立糎(りうりんCUBIC CENTIMETRE)の者と五千の者とが存るが、我等は未だ小さい發動機を高性能に爲る技術に劣るので……」

田岡道子

「……」

荒谷章子

「此の排気量一萬の發動機を搭載した競走車を作らう」

名雪春子

「と言ふ訣で出來上がつた物が此方になります」

荒谷章子

「谷型六氣筒六十七馬力だ。骨組(骨組CHASSIS )得物函(えものばこGEAR BOX)も設計して在る」

天神橋良子

「其して一年後……」

荒谷章子

「開發成功だ。完成形設定に移るぞ」

天神橋良子

「スポオオウツカア!」

名雪春子

「スポルトは暇潰し。スコラは暇……やつた歟」

六條純子

「スポーツとスクール。物事を學ぶに當たつて、武道茶道に學問修行たる我國の對極の樣な文化ですは喃」

田岡道子

「然ん樣ので何う言ふ風に爲て人を育てるのよ」

荒谷章子

「先ア育つてゐるんだから文化全體で釣合が取れてゐると言ふ事だらう。文化と言ふ者は接木(つぎき )も善い所取も不可能だから羨ましがつても仕方無いぞ」

田岡道子

「誰が羨ましがつてるつて!冗談ぢや非いは!」

天神橋良子

「先ア先ア」

荒谷章子

「扨措いて、競走車に高級感だの積載量だのは不要だ。只管(ひたすら )走る能を求める設計に爲たぞ。此れの名は然うだ喃……名馬の名から採つて「生喰(いけづき )」と附けう」

荒谷章子

「因みに、此の機體は齒車が引き出せる捻りの強さ( TORQUE)に比べて發動機の其れが有り過ぎて安全性を缺くと言ふ朝放送の活動漫畫みたいな設定だ」

天神橋良子

「「此の力を今迄使はなんだのは其の餘りの強さに體が保たんからや……けど、御前を倒す爲なら此の身は如何(どう )成つても良え!行くぞ!」……此れは男の子や喃」

名雪春子

「次回に續く」


第八話

荒谷章子

「前回は競走用の高速車の開發に手を著けた所だつた喃」

天神橋良子

「喃ア、此れ見て嘗イ。内等の車が評價されとるで。」

田岡道子

「爲て遣つたは!内の生喰が一番速いぢや非い!」

荒谷章子

「妙だ喃……。開發に著手した許りで發表も試作品も無い筈だが……」

天神橋良子

「暗號が何處乎から漏れてゐる喃」

田岡道子

「何を此方見てゐるのよ」

荒谷章子

「先ア良い。では早速各國陸軍の(つの )りに應へて嘗よう」

名雪春子

「相變らずの過剩性能」

天神橋良子

「陸軍の人そこまで求めてゐないと思ふよ」

荒谷章子

「何、明治三十三年に自動車を數百から數千臺發註する先見の明の有る連中だ。恐らくは今後自動車が大いに發展して之く姿が見えてゐるんだらう。大は小を兼ぬ。では生產を開始する乎」

六條純子

「最う作りますの?契約してからで宜しいのでは」

荒谷章子

「否、先の英陸軍の要求だと月一八八臺の納入を求めてゐる。今我々が持つてゐる工場は平常稼働で月產五〇臺足らず、全力稼働で九〇臺がやつとだ。納品が遲れたら契約に應じて違約金等の罰則が存るから喃」

天神橋良子

「成程。それでその、平常稼働と全力稼働言ふのは何?」

荒谷章子

「此れを見てくれ」

名雪春子

(超スーパー……)

荒谷章子

「工場生產では(ながれLINE)一つに於ける生產臺數を增やせば增やす程月毎に品質が落ちて行く。逆に手閒暇人數を懸けて一點物に近附ける程品質は良くなつて之く。評判も存るから成る可く質が下つて行かぬ樣に爲るのが良い」

田岡道子

「良いは。日本製が高品質と言ふ所を見せて遣りませう」

名雪春子

(重工業に强い我國……)

六條純子

「あら?此の募りは何乎知ら」

荒谷章子

「ああ、其れは民閒の競走會の運營に自る骨のみの發註だ喃。見た所製造費に比べて賣値が高い。偶然にも先程完成した「速二五六〇型」が募集要件を滿たしてゐるし、此方にも應募して置く乎」

田岡道子

「賣れるはよ。何と言つても世界最高の機體の物だから」

名雪春子

「其の世界最高の機體は未だ出來てへんねん喃ア……」

荒谷章子

「良し、では車輛を作り(なが )ら時を待たう」

天神橋良子

「……お、待つてゐる閒に何( )収入が出たで」

荒谷章子

「ああ、店の方に一往出して置いたのが一臺賣れた樣だ喃」

田岡道子

「一臺三千弗弱歟……格安車でさへ昭和十年代に( )つと賣れ始めるんぢや非かつたの?」

荒谷章子

「なに、何時の世も不採算と知り乍ら手を出す物好きな大金持ちがゐる者よ」

六條純子

「……此方を御見にならないで下さい。其れに然うして彼是(あれこれ )手を出すから次に儲かる者を知れるのですは」

天神橋良子

「何たる貧富の差乎。富める者に爵位を與へ、爵位有る者に富を與ふる明治の惡辣なる自由主義――」

田岡道子

「はいはい僻みは其處迄」

天神橋良子

「お、次は得物函の上がり……て何乎」

荒谷章子

「ああ、今迄作つた各部品の生產資格(ゆるしLICENCE)を貸し出して置いたんだ。相手が一つ作る毎に此方には決めておいた額が這入る。六千弗は其の手附金だ」

田岡道子

「何時の閒に然樣(そん )な事を」

荒谷章子

「相手はエンペラーと言ふ者らしい喃」

天神橋良子

「契約してから相手の名を知るん乎……」

荒谷章子

「先ア、手附金を支拂へば誰でも契約し得るから喃」

名雪春子

「亞細亞の得體の知れん作り手の代物を自國生產する歐洲の會社……随分な冒險派や喃」

六條純子

「乾坤一擲ですは喃」

田岡道子

「見る眼が有るんでせう」

六條純子

「月が經つ程に上がりが增えて來ましたは」

荒谷章子

「ふ、御客樣も喜んで頂けた樣で何より」

名雪春子

「其して年末」

天神橋良子

「お、大猿二が何乎の最優秀賞を受けたぞ」

荒谷章子

「亞細亞地域の摘み揚げ荷車(つみあげにぐるまPICK UP TRUCK)部門で最も優れてゐると思はれた樣だ喃」

名雪春子

「最優秀(參加者一名)」

荒谷章子

「北米と歐洲以外は一種も作れて居らぬ樣だし上上だと思はう。今日は此處迄で切り上げる」


第九話

天神橋良子

「所でこのヨルドンブナットディッシュて何や?」

荒谷章子

「其れは恐らくゴードンベネット杯の捩りだらう。明治三十三年から八年に掛けて毎年開かれた國際國對向競走らしい。此の世界では色んな捩りが出て來るぞ」



御負け

荒谷章子

「餘り更新して居らんから御詫びに情報提供だ。未だ此れが最適とは限らないが參考にしてくれ」

名雪春子

「作中に未だ出て來てへん用語があるが喃」

荒谷章子

「其處も先ア、追ひ追ひ喃」



開始令和二年七月
卷末

卷頭に跳ぶ

首頁に戻る  作品卷頭を表示